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最高裁判所第三小法廷 昭和45年(オ)322号 判決

上告人

富士証券金融株式会社

代理人

細谷芳郎

被上告人

結城富男

外一名

代理人

高橋敬義

主文

原判決中上告人敗訴の部分を破棄する。

前項の部分につき、本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

上告代理人細谷芳郎の上告理由第一点について。

論旨は、要するに、上告会社と被上告人結城富男との間に、昭和四一年二月一八日、貸主を上告会社、借主を被上告人結城富男、連帯保証人を被上告人結城ソノほか一名として成立した原判示の準消費貸借契約について、原判決は、右準消費貸借の目的となつた債務の額、すなわち、右契約成立時において被上告人富男が上告会社に対して負担していた従前の消費貸借契約に基づく債務の額は、原判決別紙目録第一(貸借関係)表記載の1、3、4および6の消費貸借債務(以下「本件旧債務」という。)の未払元利金のみがこれにあたるとし、その金額を算定するにあたり、甲二号証の一ないし四一(いずれも上告会社作成の被上告人富男あての領収証)と当事者間に争いのない弁済関係とを総合して、本件旧債務のうち上告会社においてすでに弁済を受けた金額を原判決別紙目録第二(弁済関係)表記載のとおりに認定したが、右甲二号各証のうち同号証の二および同号証の三五は、いずれも本件旧債務に対する弁済金について作成された領収証ではなく、旧債務以外の貸借関係の弁済金について作成されたものであることが明らであるのに、漫然とこれらの書証に表示された日時にその金額が本件旧債務に対して弁済されたものと認定したのは、審理不尽、理由不備の違法をおかしたものであるというにある。

よつて検討するに、右の点につき原判決の挙示する証拠関係を彼此対照すれば、原審は、前記目録第二表記載の弁済日時、金額のうち、甲二号証の二によつて昭和四〇年二月一一日に一万円が弁済された事実を、また、甲二号証の三五によつて同年一二月二五日に一万二七〇〇円が弁済された事実を認定したことが認められる。

ところで、記録に徴すると、上告会社は、昭和四一年九月一九日付準備書面をもつて、甲二号各証のうち同号証の二および同号証の三五を除くその余の書証についてはいずれも本件旧債務を含む上告会社主張の貸金に対する弁済金の領収証であることを認め、右二通の領収証についてのみは、右貸金外の昭和三九年一二月二八日貸付にかかる元本五万五三〇〇円の貸金に対して支払われた弁済金の領収証である旨主張して、第一審以来、その書証の証拠力を争つてきたことが認められる。そこで、まず甲二号証の二についてみると、同証は、上告会社が被上告人富男から一万円を領収した旨の昭和四〇年二月一一日付領収証であるが、その表面には、「但回収金、残金三五、三〇〇円」と記載されている。しかるに、原審の確定するところによれば、本件旧債務のうち昭和四〇年二月一一日現在において存在する債務は前記1の債務、すなわち昭和四〇年一月二五日貸付にかかる一〇万円の口のみであり、二月一一日以前に右債務額から減少すべき金額としては、貸付の日に利息として天引を受けた六〇〇〇円があるにすぎないから、右一万円の弁済によつてその債務残額が三万五三〇〇円となることはありえないのである。しかも、1の債務の弁済期は同年二月二三日であり、また、弁済期限までの利息の天引を受けた者がその期限到来前に元本を弁済することも、特段の事情のないかぎり、にわかに首肯できないことであり、同号証をもつて右旧債務に対する弁済金の領収証であると認めることには強い疑念を抱かざるをえない。つぎに、同号証の三五についてみると、同証は、上告会社が被上告人富男から一万二七〇〇円円を領収した旨の昭和四〇年一二月二五日付領収証である(なお、右領収証の日付について、上告会社は、会社の帳簿上は領収年月日が昭和四〇年一月二五日と記載されている旨主張している)が、その表面には、「回収金一〇、〇〇〇、利息二七〇〇、返済期日二月二五日」と記載されている。しかるに、原審の認定した前記四口の本件旧債務の中には弁済期を二月二五日とする債務は存在しないのである。のみならず、前顕甲二号証の一ないし四一を通覧すると、同号各証は作成日付順に枝番号が付されているのであるが、同号証の一、二および三五が縦書の領収証であるのに対し、同号証の三以下のその余の同号各証はいずれも横書で、領収金額をアラビア数字で記入するものであるなどその様式を全く異にするのに、縦書様式の甲二号証の三五が忽然と横書様式によるその余の領収書の間で作成発行されたことになり、特段の事情の存することが窺われないではないのである。いま、右のような各書証における記載、態様などの特異性と上告会社の主張に符合する上告会社代表者本人の供述とを合わせるならば、甲二号証の二および同号証の三五の領収証による弁済金が本件旧債務以外の債務の弁済として支払われ、充当されたものである旨の上告会社の主張はにわかに排斥しがたいものがあるのであるから、かかる強い疑念のある書証を旧債務に対する弁済の事実を認定する資料に供するについては、特段の説明を要するものといわざるをえない。

しかるに、原判決は、右各証の採証の事情についてはなんらの説明を加えることなく、これらを唯一の証拠として、旧債務につき前示各金額の弁済があつた事実を認定しているのであつて、その事実認定には、採証法則違背があるか、または審理不尽、理由不備の違法があるというべきである。よつて、同旨をいう論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れない。

つぎに、職権をもつて調査するに、原判決は、その認定にかかる右弁済金については、当事者がこれに充当すべき債務を指定したと認められる証拠がないとして法定充当の規定を適用するにあたり、利息の天引額を斟酌して本件旧債務の各弁済期の翌日現在における各債務の元本額を算出したうえ、その後における各債務の弁済充当の順序につき、約定遅延損害金の割合、弁済期の先後を基準として、弁済金は順次、1の債務、6の債務に充当し、最後に3および4の債務遅延損害金に充当すべき旨を説示し、右説示に従い、1の債務の遅延損害金、元本に、その完済後、6の債務の遅延損害金、元本に、その完済後、3および4の債務の各遅延損害金に充当する計算をし、その結果、上告会社と被上告人富男との間に前示準消費貸借の成立した昭和四一年二月一八日現在においては結局、3・4の債務の元本二三万七一九八円および遅延損害金一万三一三一円が存在した旨の判断を示している。

しかし、民法四九一条一項によれば、数個の債務について元本のほかに費用および利息(遅延損害金を含む。)を支払うべき場合において、その債務の全部を消滅させるに足りない給付をしたときは、費用、利息、元本の順序によりこれを充当すべきであるが、同条二項により、それら数個の債務の費用相互間、利息相互間、元本相互間における充当の方法について同法四八九条が準用される結果、数個の債務についての費用、利息は各債務の元本より先に充当されるべきものとなるのである(大審院大正二年(オ)第五六〇号同四年二月一七日判決、民録二一輯一一五頁、最高裁判所第二小法廷昭和二七年(オ)第七〇〇号同二九年七月一六日判決、民集八巻七号一三五〇頁参照)。してみれば、前叙のようにこれと異なる方法によつて法定充当の計算をした原判決には、民法四九一条の解釈、適用を誤つた違法があり、右の誤りは判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決中上告人敗訴の部分はこの点においても破棄を免れない。

よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴法四〇七条を適用して右破棄部分につき本件を原審に差し戻すこととし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(関根小郷 田中二郎 下村三郎 松本正雄 飯村義美)

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